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【解説】システム開発契約の交渉破棄された場合の対処法とは【2023年9月加筆】

システム開発のための法律

契約交渉の破棄による責任

システム開発契約は、契約の交渉段階が長くなる傾向があります。

長くなるシステム開発契約の交渉段階について、ベンダ側・ユーザ側が折り合わず、交渉が決裂することがあります。

しかし、システム開発の現場では、契約締結前に、システム開発に着手する場合も多いです。

そこで、システム契約が締結されていないが、契約交渉が決裂した場合に、どのような問題が生じるのかをみていきます。

システム契約交渉の破棄によって「責任」が生じるのか

システム開発契約の交渉段階で決裂した場合で、どのような場合に交渉当事者に責任を認めるのかが問題となります。

責任を認める要素としては、以下の要素を考慮して、交渉を破棄する者の責任の有無が判断されます。

  • 交渉の進捗状況
  • 先行行為・準備行為(相手方の信頼を生じさせるような積極的行動あるいは、相手方の信頼に基づく行為の黙認等)
  • 契約成立への期待を誘発する行動があったか
  • 決裂の原因が、どちらにあるのか

裁判例

システム開発契約の交渉段階の破棄については、簡単にいえば、交渉破棄の態様が不誠実であったかで判断されます。

法律上は、「契約締結上の過失」と呼ばれます。

裁判例では、以下のような事例があります。

東京地裁平成20年7月29日判決

本事例は、契約締結の直前になって、ユーザが、他のベンダに委託することとなった事案であるが、それに加えて次のような事情がありました。

  • ユーザが、短期間でシステムを完成させることを求め、秘密保持契約が締結されていた
  • ベンダは、それを受けてプロジェクトマネージャー、ベテランSEを常駐させたこと
  • ユーザは、納期に間に合わせるために要件定義作業と設計作業を並行して実施するよう求め、ベンダもそれに従っていたこと
  • ユーザは、他社と接触していたことをベンダに秘匿し、明らかになった時点でも、「社長に稟議を通すための形式的なもの」という説明をしていたこと
  • ベンダは要件定義を終了させ、基本設計、詳細設計の一部も実施していたこと

裁判所は、上記のような行為を認めた上で、「ベンダがユーザとの間でシステムの開発業務に関する委託契約が締結されることについて強い期待を抱いていたことは相当の理由がある」と述べて、ユーザに契約準備段階における信義則上の注意義務違反があると認めました

裁判例では以下の点が、ユーザ側に、責任が認められる根拠とした事情です。

  • ベンダをいったんは1社に限定し、相当程度作業が進行するなど、交渉は成熟しつつあったこと
  • 他社を入札させる行為について「形式的なもの」などと他社への委託可能性を秘匿するなどのベンダを信頼させる言動があったこと
  • ユーザ側は、作業に着手するよう求めたこと
  • ユーザ側の事情により白紙撤回したこと

契約締結上の過失を基礎付ける事実・否定する事実

裁判例や実務上の相談例をまとめると、ユーザによって契約交渉が破棄された場合における契約締結上の過失を根拠付ける事実、否定する事実としては次のようなものが挙げられます。

ユーザの責任が認められる事実

  • 他社に委託することが確定していたにもかかわらず、それを秘して作業を継続させること
  • 契約締結に至らなかった事由がもっぱらユーザにのみ存すること
  • 無償による作業が相当長期間、大量に及ぶこと
  • ベンダ選定プロセス等において1社に絞り込んでいたことや、対象事業者を決定する旨の通知等を行っていたこと
  • 内示書、仮注文書等の書面が交付されていたこと
  • 担当者同士のやり取りでは委託することが確定していたこと

ユーザの責任が否定される事実

  • 他社に委託する可能性が示されていたこと
  • 社内の意思決定プロセスが相手方に伝えられていたこと
  • 金額、作業範囲等の交渉が成熟していなかったこと
  • 契約締結に至るまでの前提条件について当事者間で共通認識があったこと

請求できる損害額の範囲

上記のように、契約交渉の段階で破棄された場合に、いくらの損害を請求できるのでしょうか。

交渉を破棄した当事者の責任が認められた場合において、信頼利益の範囲で、損害賠償の対象になるというのが、判例です。

信頼利益とは、契約が有効であると信じたことによる損害をいいます。

具体的には、契約準備・契約交渉・履行準備にかかる費用のうち、実費部分というイメージです。

一方、契約が履行されていれば得られたであろうといった利益は、請求できません。例えば、システム開発契約が結ばれていたら、得られていたであろうシステム代金などです。

システム開発契約の交渉破棄事例では、ユーザの責任が認められる場合であっても、交渉開始から発生したあらゆる費用が問題となるのではありません。

判例では、注意義務が生じた時点から交渉破棄に至るまでに支払ったベンダあるいはその外注会社の作業工数に対応する費用が損害だといえます。

また、契約交渉の破棄は、一方当事者のみの責めに帰すべき事由によって行われるものではないことが通常です。

双方の行き違いという場合も往々にしてあります。ベンダ側も、不注意がある場合には、過失相殺という形で、請求金額から減額されることになります。