スタートアップは、事業の立ち上げから成長段階まで、さまざまな法的リスクに直面します。適切な法務対策を講じることが、会社の成長と成功に大きく寄与します。
しかし、法律の複雑さや頻繁な法改正により、経営者や決済担当者にとっては悩みの種となることが少なくありません。
今回は、スタートアップが押さえておくべき法律リスクとその解決策について、弁護士の視点から詳しく解説します。
この記事の目次
スタートアップが直面する最初の法的義務の一つに、社会保険と労働保険の加入があります。法人を設立した場合、従業員が1人でもいれば、社会保険(健康保険と厚生年金)への加入が義務付けられます。
また、労働保険(雇用保険、労災保険)も必要です。これを怠ると、違法となり罰則が科される可能性があります。
あるスタートアップは、従業員が少ないために社会保険の加入義務を軽視していましたが、後から行政から問い合わせで発覚し、追徴金を支払わされるという事例が多くあります。
企業からも、以下のような質問が来ます。
従業員が少ない会社でも社会保険や労働保険の加入義務があるのか、詳細を確認したい
加入手続きの代行や、罰則を回避するためのアドバイスが欲しい
新規事業を立ち上げる際、業種によっては特定の許認可が必要になる場合があります。
特に医療、金融、不動産といった規制の厳しい業界では、必要な許認可を取得していないと、事業が開始できないだけでなく、罰則の対象にもなります。
インターネット上で商品を販売するECサイトは、最も一般的なインターネットビジネスの一つです。自社の商品や他社の商品を仲介して販売するなど、さまざまな形態があります。
検討すべき法律としては以下が考えられます。
ECサイトで商品を販売する際、特定商取引法に基づいて、取引条件や返品対応についての情報をウェブサイト上に明示する義務があります。これには、会社名、連絡先、返品ポリシー、送料などが含まれます。
中古品を販売するECサイトを運営する場合、古物営業法に基づいて古物商許可を取得する必要があります。中古品を取り扱う業者は、都道府県公安委員会から許可を得ることが義務付けられています。リユースやリサイクル商品を販売するサイトにも適用されます。
酒類を販売するECサイトを運営する場合、酒税法に基づいて、国税庁から酒類販売業免許を取得する必要があります。無許可での酒類販売は違法です。
オンライン教育は、講師がビデオやテキストを通じて教育コンテンツを提供するインターネットビジネスです。個人向けの学習プラットフォームや企業向けの研修プログラムを提供する場合があります。
検討すべき法律としては以下が考えられます。
オンライン教育サービスを提供する際も、特定商取引法に基づいて、契約に関する情報や取消しに関する規定を明示する義務があります。オンラインでの販売やサブスクリプションサービスにも同様の表示義務が適用されます。
講師や企業から提供される教材やコンテンツが他者の著作物である場合、著作権法に従って使用許諾を取得する必要があります。特に音楽や映像、書籍などを使用する際には注意が必要です。
もしオンライン教育サービスが人材育成や派遣サービスと関連している場合、労働者派遣法の適用を受け、派遣事業の許可が必要となる場合があります。
オンライン上で人と人、または企業と人をつなげるマッチングサービスは、出会い系から求人・フリーランスの案件マッチングまで幅広いビジネスモデルがあります。
検討すべき法律としては以下が考えられます。
出会い系マッチングサービスを提供する場合、公安委員会にインターネット異性紹介事業届出を行う必要があります。無届での運営は罰則の対象となります。また、サービスの健全性を保つための厳格な規制が適用されます。
企業と求職者をつなぐ求人マッチングサービスを運営する場合、厚生労働省から有料職業紹介事業許可を取得する必要があります。これは、人材紹介を行うすべての企業に適用される規制です。
有料サービスや定期契約を提供する場合、特定商取引法に基づいて契約条件を明示する必要があります。これには、契約の解約条件や料金プランなどが含まれます。
スタートアップが成長する中で、様々な取引や契約が発生します。契約書は、ビジネスの信頼性やリスク管理に直結する重要な書類です。
契約書の不備や曖昧な条項が原因で、ビジネスに多大な損害を与えることがあるため、適切な契約書の作成と法務チェックが必要不可欠です。
ここからは、スタートアップが特に注意すべき契約の種類と、留意すべき条項を解説し、具体的な解決策を提案します。
業務委託契約は、スタートアップが外部のフリーランスや他社に業務を依頼する際に多く使用されます。特に、エンジニアやデザイナー、マーケティング専門家を一時的に雇用する場合に、重要な契約です。
しかし、業務範囲や報酬の支払い条件、成果物の納品期限などを曖昧にしてしまうと、後のトラブルにつながるリスクがあります。
契約書には、どの業務が委託対象であるかを明確に記載する必要があります。スコープを曖昧にすると、追加業務の依頼や範囲外の業務をめぐるトラブルが発生します。
契約書に業務の具体的な範囲を詳細に記載し、必要に応じて追加業務には別途契約を締結することも検討しましょう。
業務委託によって作成された成果物の著作権は、通常、作成者に帰属しますが、契約で譲渡を明記しないと、依頼者側がその成果物を自由に使用できなくなる可能性があります。
スタートアップが自社の知的財産を確実に取得するためには、「著作権譲渡」や「利用許諾」の条項を盛り込むことが重要です。
著作権譲渡や利用許諾の条項を明確に定義し、知的財産権がどちらに帰属するかを確認しましょう。
報酬の支払い時期や方法を明確に規定し、業務完了後のトラブルを防ぐことが重要です。分割払い、成果物提出後の支払いなど、具体的な条件を記載します。
新規事業や技術の開発において、第三者と情報を共有する場合には秘密保持契約(NDA)が必要です。スタートアップは特に、事業計画や技術情報などの機密情報が流出すると、競争上の不利な状況に陥る可能性があります。NDAによって、情報漏洩のリスクを軽減することができます。
契約書で「秘密情報」として扱われる情報の範囲を明確にすることが重要です。曖昧な定義は、後にトラブルを招く原因となります。秘密情報の定義は、具体的な情報内容を記載し、あいまいな表現を避けるようにしましょう。
秘密情報を開示できる相手や、社内での共有範囲を明確に規定します。情報の流出を防ぐため、開示対象者を限定する条項を盛り込みます。
開示対象者を、最小限の範囲に限定し、無制限の開示を防ぐ条項を追加する。
NDAの有効期間や、契約終了後も情報を保護する期間を規定します。契約終了後に情報が漏洩しないように、長期的な保護を盛り込むことが重要です。
スタートアップの競争優位性を確保するために、知的財産権の保護は極めて重要です。
技術やブランド、デザイン、コンテンツなどの知的財産(IP)は、企業の大きな資産であり、これを適切に保護することで、模倣や不正利用からビジネスを守ることができます。
ここからは、知的財産権の保護において、スタートアップが特に注意すべき契約と条項、そのリスクと解決策について解説します。
スタートアップが他社の技術を使用したり、自社の技術を他社にライセンス供与する際に必要となる契約です。
例えば、ソフトウェアやプロダクトの技術を他社に使用させる場合、その知的財産権がどの範囲まで使用されるかを明確にしておかなければ、トラブルの原因となります。
使用許諾を行う場合、そのライセンス範囲を明確に定義することが重要です。使用範囲、地域、期間、対象となる技術や製品の範囲を具体的に記載し、権利が無断で拡大されるリスクを防ぎます。
許諾先がさらに第三者にライセンスを供与する「サブライセンス」の権利についても明記しておく必要があります。これを許可するか、許可する場合には条件を設定しておくことで、不正利用や過度な拡大を防げます。
ライセンスの対価として支払われるロイヤリティの条件(例えば、固定額または売上の一定割合)を明確に規定する必要があります。また、支払い期限や検証プロセスも盛り込むことで、トラブルを回避します。
他社や外部の技術パートナーと共同で新しい製品や技術を開発する場合、共同開発契約が必要です。
この契約は、各企業が提供する技術や資源、知的財産の帰属、成果物の使用権を明確にすることが目的です。開発中や開発後の知的財産権が曖昧だと、後の紛争の原因になります。
共同開発で生み出された成果物や技術の知的財産権が誰に帰属するかを明確にする必要があります。
共同で開発された場合は、共有になることもありますが、どの範囲で使用できるか、独占権が発生するかを明確に規定することが重要です。
各社が成果物をどのように使用できるかを契約で明記します。特定の地域や分野に限定して利用できる場合もあれば、自由に使用できる場合もあるため、詳細な取り決めが必要です。
開発にかかる費用をどのように分担するかも重要な条項です。契約の中で、どちらがどの費用を負担するのか、コストが発生した場合の分担方法を明記しておくことで、後々の争いを防げます。
インターネットビジネスが広がる中で、企業が収集・利用する個人情報に対する責任は非常に大きくなっています。
個人情報保護法に基づき、ユーザーの個人情報を適切に管理し、リスクを回避するためには、プライバシーポリシーの整備が不可欠です。
また、プライバシーポリシーに基づいた契約や条項の適切な設定が求められます。ここからは、プライバシーポリシーにおける重要な条項と、個人情報保護法に対応するための解決策を解説します。
プライバシーポリシーは、企業がユーザーから収集した個人情報をどのように扱うかを明確にするための文書です。
ユーザーに対して、個人情報がどのように収集され、どのように利用されるか、そしてそれが保護される方法を説明する義務があります。
個人情報保護法は、個人情報の収集、使用、第三者への提供に関する厳格なルールを定めており、これを遵守しないと企業に罰則が科される可能性があります。
プライバシーポリシーでは、収集する個人情報の種類(氏名、住所、メールアドレスなど)と、その情報を収集する目的を明確にする必要があります。
また、情報をどのように利用するか(マーケティング、サービス提供、分析など)を具体的に記載することが重要です。目的外利用を避けるためにも、利用目的を広範囲に定義するのは避け、具体的に規定します。
ユーザーの個人情報を第三者に提供する場合、その条件を明記し、ユーザーの同意を得ることが求められます。
例えば、データをマーケティングパートナーと共有する場合や、サービス提供のために外部のサービスを利用する場合には、これをプライバシーポリシーに明記し、ユーザーに透明性を持たせる必要があります。
収集した個人情報をどのくらいの期間保管するのか、また保管期間が終了した後にどのように情報を削除するのかを記載することも重要です。
データ保持期間が長すぎると、法的リスクや情報漏洩の可能性が高まるため、合理的な期間を設定する必要があります。
スタートアップを創業する際、ビジネスパートナーや共同創業者間での合意が非常に重要です。
創業時にはお互いのビジョンが一致していても、会社が成長する過程で意見の相違や利益の対立が生じることがあります。
こうしたトラブルを未然に防ぐためには、株主間契約を適切に締結し、創業者間の関係性や権利、義務を明確にしておくことが必要です。
ここからは、創業者間のトラブルを防ぐために注意すべき契約や条項、その解決策を具体的に解説します。
株主間契約は、株主の権利と義務、会社運営における重要な意思決定のルールなどを定めた契約です。
特に、スタートアップでは共同創業者同士の関係を整理し、資本構成や経営権に関するルールを明確にしておくことが、後々のトラブルを回避するために必要不可欠です。
創業者の一人が会社を離れる場合、その持株を第三者に自由に譲渡できると、経営に予期しない影響が生じる可能性があります。譲渡制限条項を設けることで、他の創業者が優先的に株式を買い取る権利(優先買取権)を持てるようにすることができます。
ドラッグアロング(Drag-Along)条項は、主要株主が第三者に株式を売却する際に、他の株主にも同条件で売却を強制できる条項です。
一方、タグアロング(Tag-Along)条項は、主要株主が株式を売却する場合、少数株主にも同条件で株式を売却する権利を与えるものです。これにより、株式譲渡時の不公平を防ぎ、少数株主の利益を守ることができます。
創業者間での議決権や経営権の配分を明確にしておかないと、経営方針に関する争いが発生することがあります。
特に、出資比率や役割に応じて議決権を調整することが重要です。また、資金調達時に投資家が優先株を持つ場合は、創業者の支配権が希薄化しないようにするための取り決めも必要です。
スタートアップの成長過程で、創業者の一人が事業を離脱するケースがあります。こうした場合、事前に退職や離脱の条件を定めておかないと、持株や経営権の処理をめぐって紛争が発生する可能性があります。
創業者が退職する際に、その持株を会社や他の創業者に売却する義務を設定することが重要です。これにより、経営に無関係な人物が株主となるリスクを回避できます。また、買取価格の算定方法についても契約で明確にしておく必要があります。
創業者が一定期間、会社に貢献し続けた場合にのみ、株式の完全な所有権を得られるという仕組みです。
これにより、短期間での離脱による経営混乱を防ぎ、創業者が長期的に事業にコミットするインセンティブを提供します。例えば、創業後2年で50%、4年で100%の権利を付与するような形で設定することが一般的です。
スタートアップが新しいビジネスを立ち上げる際、特に重要なのが法令適合性の確認です。
ビジネスモデルが法律に違反していないか、規制当局の基準に合致しているかを事前に確認することで、将来の法的トラブルを防ぐことができます。適法性を確認せずに事業を進めると、運営停止や罰則を受けるリスクがあります。
法令適合性のチェックは、特に新規性の高いビジネスモデルや、既存の規制が未整備な分野では欠かせません。スタートアップにとっては、法的な不確実性を早期にクリアするために、専門家によるアドバイスを受けることが非常に有効です。
日本では、ビジネスモデルの法令適合性を確認するために、グレーゾーン解消制度とノーアクションレター制度という2つの制度が利用できます。
この制度を活用することで、企業は事前に規制当局に対して照会し、ビジネスが法的に問題ないか確認することができます。
グレーゾーン解消制度は、特定の規制に該当するかどうか不明確なビジネスモデルについて、所管省庁に照会し、明確な回答を得るための仕組みです。新しいビジネスモデルや技術が、既存の法律にどのように適用されるかを確認するために利用されます。
ノーアクションレター制度は、行政処分や刑罰に該当するかどうかを事前に確認できる制度です。事業を開始する前に、規制当局から「問題なし」という回答を得ることで、安心してビジネスを展開することができます。
グレーゾーン解消制度についての詳しい解説記事:所轄の官庁に事業活動を規制する法律や命令について解釈の確認ができる「グレーゾーン解消制度」
これらの法務対策を講じることで、スタートアップは法的リスクを軽減し、持続的な成長と成功を目指すことができます。法令適合性のチェックや創業者間のトラブル防止策を含め、適切な法務戦略を構築することが、スタートアップの競争力を高める鍵となります。
LINEの友達追加で、企業に必要な契約書雛形、